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都市の記憶

近代都市の環境の特徴は、速度と密度と多層性である。そこでは、密集した街路や建物の間を、めまぐるしい速度で人や物が動き回っている。古い建物が取り壊され、あっとゆうまに新しい風景が出現する。しかも変貌の速度は一定でない。モダンな街路のすぐ横に、エアポケットのように薄汚れたスラムが残されていたりする。さまざまな階層の人々から成る、コントラストの強い社会環境が、モザイクのように隣り合って共存している。
写真による本格的な都市の記録者としては、まずシャルル・マルヴィル(1816-79)の名前をあげなければならないだろう。近代都市にふさわしい姿に作り替えようとするこの大改造を、マルヴィルは写真の機能を生かした定点観測の手法でとらえようとした。
スコットランド出身の写真家ジョン・トムソン(1837-1921)は、ロンドンのスラム街の住人たちを撮影し、A・スミスによる調査記録をつけて1877年に写真集『ロンドンの街頭生活』を刊行した4 トムソンの都市住民の社会的ドキュメントは、アメリカの二人の写真家、ヤコブ・オーガスト・リース(1849-1914)とルイス・W・ハイン(1874-1940)に受け継がれる。
しかし、同じ都市の記録者でありながら、現在よりは過去に、生まれていくものよりは失われつつあるものに、引きつけられていた特異な写真家がいる。19世紀から20世紀初頭にかけてのパリを、旧式の組立暗箱カメラをかついで歩き回っていたユジェーヌ・アジェ(1857-1927)である。
アジェは第一次大戦後も撮影を続けるが、晩年も写真家としてはまったく無名の存在で過ごした。彼の写真を忘却の薄闇から引き出したのは、1923~29年にマン・レイの助手としてパリに滞在していた、アメリカの女性写真家ベレニス・アボッド(1898-1991)であった。
1927年のアジェの死後、残されたガラス乾板の一部はアボットによってニューヨークに持ち帰られ、1930年に最初の個展が開催された。その後年を追うごとにアジェの評価は高まっている。死後に、これほど劇的に再評価された写真家はほかにいないだろう。1981年~85年にかけては、ニューヨーク近代美術館でアジェの連続回顧展が開催され、全四巻の分厚いカタログが刊行されている。