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写真論、写真史を考える写真ギャラリーです。是非ご覧ください。

欲望の精神史

-神話から広告写真へ

写真はすべてを二次元の相似型に変える装置として生まれた。それは大量生産という同じ商品の出現と相伴する視覚の大量生産の機械だった。同じ顔のものにそれぞれ個性を付加し、新しさや機能のみせかけを与えるものが広告であり、広告とはしたがってつねに誇大広告であり、過剰性なのだ。写真が絵画と違って省略のない現実の相似であるという過剰性を有していることは、写真が広告にさらなる過剰性を加速するうえでもきわめてマッチした道具であることを告げている。写真の発明を支えた欲望は、この過剰性への欲望であり、それは記憶として失われていくものへの所有欲であった失うことへの恐怖。
失うべき何ものかを持ったその日から喪失の恐怖は始まったのだ。それは階級の発生と一致する。